Concept

何気なく見ている風景、おぼろげな記憶、忘れかけていた感触、

つながり、もつれ、ほぐれて、また、つながり、、

そんな繰り返しの日々、同じではない日常を表現していけたら。


Scenery what I casually see, dim memory,

Almost forgot the sense of touch,

link, tangle, disentangle, and link again...

These are repeated everyday, but not same day I would like to represent.

5.7.20

「for instance」 2020年07月20日(月)-08月01日(土) ギャラリー白 kuro

長尾圭 展 「for instance」
ギャラリー白 kuro
2020年07月20日(月)-08月01日(土)
11:00ー19:00 (土曜日16:00) 
日曜日休み

〒530-0047 大阪府大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル 1F
TEL/FAX 06-6363-0493

E-mail : art@galleryhaku.com

18.5.20

「仮定の絵画 長尾圭の場合」 平田剛志

 デジタルは痕跡に残らない。例えば、壁や看板にポスターなどの掲示物が剥がされた跡がある。貼ってあるのか、風化、劣化して消えているのか。壁や紙に残る微かな痕跡は文字やかたち、時間、記憶、行為などを想像させる。あるいは、ノートやメモ帳に残る書き損じや書き間違い、消せる筆記具の摩擦跡、修正テープの消し跡なども同じだ。これらはデジタルサイネージやスマートフォンのメモ帳が主流の現代では見ることが稀な存在の痕跡だ。なぜなら、デジタルでは誤りや修正、消去の痕跡は残らないからだ。

 長尾圭の描く絵画もまた何が描かれているのか、さまざまな想像や連想をさせる。その画面は淡い色彩や線が交じり合い、何かのかたちのようで断片的、曖昧模糊としている。描いているのか消しているのか。構築しているのか壊しているのか、矛盾する要素が混在する抽象絵画だ。
 長尾は1990年代から現在まで大阪を拠点に発表を行ってきた。筆者が作品を見始めた2010年頃は木の枝や細胞、臓器を思わせるかたちや小石のようなドットの集積などが描かれていた。近年では装飾的、図像的なイメージは消え、さまざまなタッチによる描線と色面、余白が絡み合う絵画へと移行してきた。
 奈良・ギャラリー勇斎で開催された個展「for instance」では、ドローイング2点含めて計13点が展示されたが、以前よりもストロークや色彩が大胆に交わる絵画となっていた。
 本展の特徴の一つは、《かいろう》や《となりあわせ》、《そこかも》、《つじつま》などに見られるように、マスキング液の使用によって色面や線描が突然断ち消えたかのように、隙間・余白が差し込まれていることだ。何かのかたちを成していた線と色彩が分離してばらばらになったのか。あるいは、もとから散り散りに描かれたようでもある。線は軽やかに動き、色の塗りむらや重なりあいが複雑で重層的な画面を構成している。
 例えば、《つじつま》は波線のように柔らかい青や緑のストロークと型抜きしたようなL字や三角型の線や余白が画面に緊張感をもたらしている。《そぞろ》は、上方に青い弓なりの線が2本縦に引かれ、左側には緑のストロークが下方に向けて木立のように描かれる。伸びのある線や色の動きに残る掠れや塗りむら、重なり、余白などが関係をもち、視線は画面をさまよう。

 このような長尾の絵画はどのように描かれるのだろか。実は、長尾は「抽象」を描いているわけではない。絵画制作の前に日用品によるオブジェを制作、写真撮影し、その写真をもとに描いているからだ。
 しかし、長尾にとって絵画の目的はオブジェの描写ではない。描く過程は複雑である。まず、プリントアウトした写真の上にトレーシングペーパーを重ねて、下層にあるかたちや線を意識せず、何ものでもない形体へと抽出する。次にトレースした紙をカーボン紙に挟み画用紙などに転写する。初めのオブジェは、立体から平面の写真、トレーシングペーパー、カーボン紙へと素材を変えながら、線やかたちの転写、抽出が繰返される。
 続いて転写した画用紙をもとに、キャンバスに鉛筆や木炭で写し描く。ここでマスキング液を描いたかたちに沿って塗り、水彩絵具を描き重ねる。その後、マスキング液を剥がすと、その上に描かれていた絵具の一部が取り去られ、隠れていた下地が前景化する。本展で最初に感じた線や色彩の隙間や余白は、このマスキング液の効果を生かしたものだったのだ。以降は油絵具や水彩絵具、マスキングテープなどを用いて、画材の反発や反応を取り込みながら描いていくという。
 以上のように長尾の絵画はもとのイメージをいくつもの工程で複雑なレイヤーを作り、線やかたちを取捨選択、転写し、足し算と引き算を繰り返して描かれる。さながらパソコン操作におけるカット&ペースト、コピー&ペーストのようだ。長尾の絵画制作からは、具象と抽象、絵画と写真、偶然、転写と消去、画家の身体性など多くのキーワードを見いだせるだろう。

 このような長尾のモデル=オブジェをもとに、独自の技法・画材によって絵画を構築、解体する手法は、アンリ・マティス(1869-1954)の絵画を想起させる。
 マティスはフォービスム時代から晩年の切り絵まで終生さまざまな絵画の技法を試みてきた。「色彩の魔術師」と言われる平面的、装飾的な画風で知られているマティスの生み出した絵画には、マスキングこそ使ってないものの掻き落としや描き方の不統一、描き直し、消し跡、線と色彩のずれ、塗り重ね、塗り直し、塗り残しなど多くの技法を駆使している。
 例えば、掻き落としgrattageがある。これは、塗られた色彩を後から引掻いて削り落とし、下塗りをあらわにする描法である。《ノートル=ダムの眺め(Une vue de Notre-Dame)》(1914、油彩/キャンバス、ニューヨーク近代美術館蔵)は、青い背景のなかに窓枠のようなノートル=ダム大聖堂が描かれ、周囲に縦や横、斜めに黒い線が引かれた抽象画だが、一部に掻き落としや塗り残しの痕跡を確認できる
 マティスの絵画にはモデルや風景を描くときも抽象的な描画が加わる。《オルガ・メルソン(Orga Merson)》(1911、油彩/キャンヴァス、ヒューストン美術館蔵)では、女性のあごの下から左太腿、左わきの下から腰にかけて2本の黒い線を大胆に引き、輪郭線を独立した線へと自律させた。《日差し、トリヴォーの森》(1917、油彩/キャンヴァス、個人蔵)には、森の緑や道路などが抽象的なストロークで描かれ、《座るバラ色の裸婦》(1935-36、油彩/キャンヴァス、ポンピドゥーセンター・国立近代美術館蔵)は、人物像を楕円形へと還元し、身体には描き直しによる色ムラが残る。いずれも再現性から逸脱した色彩と線描が描かれるのが特徴だ。

 では、なぜマティスや長尾はこのように複雑なやり方で絵画を描くのだろうか。それは、イメージの完成ではなく未完成、過程の痕跡を画面にとどめるためではないだろうか。
 これまでの絵画は、写実絵画であればモチーフの再現的描写、抽象絵画なら瞬間的なイメージの把握や絵具の物質性などを探究してきた。対して、マティスはフォーヴィスムに見られるように、再現性や写実性に縛られない色彩の効果や表現、感情に即した色彩表現を探究した。加えて、描画の消去や修正、描き直しの逡巡など、絵画の画面上に起こる出来事の流れを描き残した。
 長尾もまたマティスのこうした絵画観を継承し、描く行為とその画面上に起こる不安定で曖昧な生成変化を描こうとしているのではないか。マスキング液の使用によって、地と図、下地と描画面は予期せぬかたちに組み換えられ、安定した画面構造を揺さぶる。この足し算と引き算に「答え」はない。いや、長尾の絵画は「答え」を出さない。絵画を見るたび、異なる印象をもたらすからだ。むしろ、正しい理論や技法、対象や再現から離れた絵画の揺らぎ、感情や身体、試行錯誤の不安定さこそ新たなかたちを予感させるのだ。
 本展のタイトル「for instance」とは、「例えば、手近な例」を意味する。このタイトルにも長尾の絵画観が表れている。なぜなら、長尾の絵画とは色や線で作られる絵画の完成した「かたち」ではなく、個別的な具体例として差し出される仮定の絵画だからだ。いま「絵画」とは何か。思考や見方を断定できない時代、長尾の絵画は私たちが絵画を思考する貴重な一例としてある。

長尾圭 展  for instance
20200218()0301()
ギャラリー勇斎

平田剛志 HIRATA Takeshi
美術批評。キュレーション。1979年東京都生まれ。2004年、多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。

主な寄稿に京都芸術センター通信、京都新聞、パンのパン04Gallery PARCOギャラリーeyesなど。

DIRECTION
https://newsphere.jp/direction/20200514-1/

All Photos by Misa Nakagaki


30.1.20

「for instance」 2020年02月18日(火)-03月01日(日) ギャラリー勇斎


長尾圭 展 「for instance」

ギャラリー勇斎

2020年02月18日(火)-03月01日(日)
11:00ー18:00 (最終日16:00)
月曜日 休み
近鉄奈良駅より徒歩8分/JR奈良駅より徒歩15分

〒630-8372 奈良県奈良市西寺林町22
TEL.FAX : 0742-31-1674

E-mail : info@g-yusai.jp

3.1.20

Biography Group Exhibitions

2024  「Plain power」 Calo Gallery (Osaka)
2023  Contemporary Painting Exhibition Rhythm of the handwriting」Hirao Universal Gallery (Osaka)
2023  「Human Form・Hand&Foot」 Fukugan Gallery (Osaka)
2023  UNIQUE CANVAS TOTE」 ギャラリーササキ商店 (Osaka)
2023   ’22 ’21Exhibition 2023」 Sompo Museum of Art (Tokyo)
2022 「cumonos collaboration  cumonoslide -extra edition-」 maruroom  (Nara)
2022 「&Drawing・Multigeneration SquareAi gallery / Galerie Sol (Tokyo)
2021 「The10th KIYOSU CITY HARUHI PAINTING TRIENNALE」Kiyosu city Haruhi Museum of Art (Aichi)
2021 「Multigeneration Square / Intersecting Generations, Confronting PaintingsAi gallery / Galerie Sol (Tokyo)
2020 「Send a drawing Exhibition 2020」 (Osaka)
2019   '18  「The people who gather in the back alley」 Gallery Sasaki Store (Osaka)
2019   「THE EMBODIED MIND」 2kwGallery (Shiga)
2019   「ART FAIR ASIA FUKUOKA 2019」 Hotel Okura Fukuoka (Fukuoka)
2018 「FACE Exhibition 2018」 Sompo Japan Nipponkoa Museum of Art (Tokyo)
2016 「Survey of depression Ⅱ」 O Gellery (Tokyo)
2016 「 Wearable Art / Movable Art vol.4 - 」 Calo Gallery (Osaka)
2015 「Survey of depression 」 O Gellery (Tokyo)
2015 「Survey of depression 」 2kwGallery /2kw58 (Osaka)
2006 「Brackish waters」 O Gallery (Tokyo)
2005 「something spin something weave」  osoblanco (Osaka) 
2004 「Challenging of Monochrome」 Gallery Den (Osaka)
2003 「breath」  Gallery Haku (Osaka) 
2001 「congress hall」  Self So Art Gallery (Osaka)
1998 「Discharge of the light pulse 」  O Gellery   (Tokyo)
1997 「Painting:after the growth」 Bangaro   (Osaka)
1996 「Painterliness2」 Gallery Haku   (Osaka)
1994 「Disciplining of Image」 Gallery Haku   (Osaka)
1991  「Melody of green rain」  Gallery Haku   (Osaka)
1990 「New Face」   Gallery View   (Osaka)

Biography Solo Exhibitions

2025  art gallery closet  (Tokyo)
2022    '17  2kw Gallery  (Shiga)
2021    '18 '14 '08  Calo Gallery  (Osaka)
2021  cumonos  (Osaka)
2021    '00 ’'95 '94 '93  Gallery Haku   (Osaka)
2021    '19 '17 '14 '13 '11 '08 '01  O Gallery  (Tokyo)
2020    Gallery Haku kuro  (Osaka)
2020    Gallery Yusai  (Nara) 
2018    Gallery  Ami Kanoko  (Osaka)
2017    Hiyawama tearoom  (Osaka)
2017    Maruyoshi Art School Gallery Space  (Osaka)
2016    '12 '11  2kw Gallery 58  (Osaka)
2014    '13  2kw Gallery  (Osaka)
2010    '04 '03 '99  O Gallery UP.S  (Tokyo)
2009    Gallery Den  (Osaka)
2008    
'06 '05 '04 '03 '02  Osoblanco  (Osaka)
2007    Gallery Den58  (Osaka)
2005    Gallery Den  (Osaka)
2005    Gellery Chibi Ero  (Tokyo)
2004    iTohen Gallery  (Osaka)
2004    Fukugan Gallery  (Osaka)

2002    '00  ART SPACE Life=Passage  (Tokyo)
1991    On Gellery  (Osaka)

略歴 グループ展

2024  「淡泊なちから」 Calo Gallery (大阪)
2023  Contemporary Painting Exhibition 筆跡の奏」ひらおユニバーサルギャラリー (大阪)
2023  「ひとかた・てあし」 FUKUGAN GALLERY (大阪)
2023  UNIQUE CANVAS TOTE」 ギャラリーササキ商店(大阪)
2023     ’22 ’21「FACE展 2022」 SOMPO美術館 (東京)
2022   「cumonos collaboration  クモノスライド -extra edition-」 maruroom  (奈良)
2022   「&Drawing/Multigeneration Square/2022」 藍画廊/GALERIE SOL (東京)
2021   「清須市 第10回 はるひ絵画トリエンナーレ」 清須市はるひ美術館  (愛知)
2021    Multigeneration Square/交錯する世代、対峙する絵画」  藍画廊/GALERIE SOL (東京)
2020  「おくりDrawing Exhibition 2020」  (大阪)
2019   ’18 「心斎橋 路地うらのつどい市」  ギャラリーササキ商店   (大阪)
2019    「THE EMBODIED MIND」  2kwギャラリー   (滋賀)
2019    「ART FAIR ASIA FUKUOKA 2019」   ホテルオークラ福岡  (福岡)
2018    「FACE展2018」  損保ジャパン日本興亜美術館   (東京)
2016    「ゆれる境界たち」    Oギャラリー        (東京)
2016    「Wearable Art / Movable Art vol.4  -身につけるアート / 持ち運ぶアート 4」 Calo Gallery  (大阪)
2015    「くぼみの測量」        Oギャラリー       (東京)
2015    「くぼみの測量」 2kwギャラリー:2kw58  (大阪)
2006    「汽水域」                Oギャラリー        (東京)
2005    「紡ぐもの 織るもの」    オソブランコ        (大阪)
2004    「モノクロームの実践」  ギャラリーDen     (大阪)
2003    「呼吸-breath-」          ギャラリー白       (大阪)
2001    「congress hall」 セルフソウアートギャラリー  (大阪)
1998    「光脈の湧出」               Oギャラリー       (東京)
1997    「ペインティング:成熟のあと」  番画廊     (大阪)
1996    「ペインタリネスⅡ」      ギャラリー白     (大阪)
1994    「イメージの鍛錬」       ギャラリー白       (大阪)
1991    「翠雨の旋律」           ギャラリー白   (大阪)
1990    「New Face」            ギャラリーView   (大阪)

略歴 個展

2025   art gallery closet  (東京)
2022  '17  2kwギャラリー  (滋賀)
2021  '18 '14 '08   Calo Gallery  (大阪)
2021 cumonos   (大阪)
2021   '00 ’95 '94 '93   ギャラリー白  (大阪)
2021   '19 '17 '14 '13 '11 '08 '01   Oギャラリー  (東京) 
2020   ギャラリー白kuro  (大阪)
2020   ギャラリー勇斎  (奈良) 
2018   画廊 編 かのこ  (大阪)
2017   喫茶ひやわま  (大阪)
2017   Maruyoshi Art School Gallery Space  (大阪)
2016   '12 '11   2kwギャラリー58  (大阪) 
2014   '13   2kwギャラリー  (大阪) 
2010   '99 '03 '04   OギャラリーUP.S  (東京)
2009 ギャラリーDen  (大阪)
2008   '06 '05 '04 '03 '02   オソブランコ  (大阪)
2007   ギャラリーDen58  (大阪)
2005   ギャラリーDen  (大阪)
2005   ギャラリーちびえろ  (東京)
2004   iTohen Gallery  (大阪)
2004   複眼ギャラリー  (大阪)
2002   '00  ART SPACE Life=Passage (東京) 
1991   オンギャラリー  (大阪)

27.11.19

そこともしらず 2019年12月16日(月)-12月22日(日) O gallery



長尾圭 展  そこともしらず


O gallery


2019年12月16日(月)-12月22日(日)
12:00ー20:00 (Sunday11:00ー16:00)

〒104-0061東京都中央区銀座1-4-9 第一田村ビル3F
TEL.FAX : 03-3567-7772


1-4-9 GINZA CYUO-KU, Tokyo JAPAN 104-0061
tel/fax +81 3 3567 7772

6.10.19

動画「ヒトコマパルク.Drawing Session ×3」Gallery PARC

       


2019年8月21日、Gallery PARCにて開催された「ヒトコマパルク.Drawing Session ×3」動画。

1・山岡敏明×黒瀬剋
2・長尾圭×山岡敏明
3・黒瀬剋×長尾圭

ドローイングセッションルール
・2名の作家が交互に一つの画面の上で描きあい、時間内で1枚の絵を仕上げる対戦型の公開ドローイング。
・3名の作家が総当たりで3回のセッションを行う。 
・自己表現の殺し合いではなく、描画によるディベートをするように、絵の中でより良い解を提案しつつ競い合う。
・異なる作家による不確定な挙動が入ることで、一人では描けない新たな画面が生まれてくることを目的とする。

ヒトコマパルク2019参加イベント日時: 2019年 8月21日(水) 19:00 - 20:30会場: Gallery PARC
山岡敏明 www.gutic.com

6.9.19

THE EMBODIED MIND  心は本来、身体化されている。 思考はたいてい無意識のものである。  黒瀬 剋.長尾 圭.山岡敏明.     2019.9.7~9.29 2kw Gallery  

THE EMBODIED MIND
心は本来、身体化されている。思考はたいてい無意識のものである。 
           ー ジョージレイコフ マークジョンソン著 「肉中の哲学」より

 20年以上に渡り絵画を制作している三人の作家に出品を依頼し、展示予定の作品画像が送られてきた。そこに描かれている彼らの世界は緩やかに分解され、散乱する部位が画面を構成している。肉体、風景、時間が断片化され、我々の基本的垂直性を剥奪している。
 三人の図像は「語ること」をせず、「示すこと」に徹している。そして、「示すこと」の独自の力、固有の論理を持って制作している。肉体部位の突出が視覚の判断を揺るがし(山岡)、地平の喪失が空間の解釈を留保させ(長尾)、解体された時間性が相互に入り混じり、地と図の侵食作用を露わにする(黒瀬)。もちろん、これら方法は現代の絵画によく見られる手法かもしれない。
 しかし、意味がずらされ、解釈が不能になっても、その絵画の前に立ち続ける者には何かを呈示する。それは我々の肉中深くに潜んでいる意識、語るのではなく、示すことによって立ち現われる空間であり、絵画が無言の論理を駆使して作った世界と言える。その論理としての感覚作用は言語、概念といった他の手段と肩を並べる人間固有の器官であり、「肉体」「風景」「時間」等を自由自在に操り、衝突、転倒、逆転、結合などを描くことによって、宇宙が数式によって表象され、制作されてゆくときに、言わば「無重力的絵画」を制作し続ける彼らの営為も支持されねばならない。
 「示されうるものは、語られえない」(ウィトゲンシュタイン)。「示すこと」と「語ること」を明確に峻別する事が彼らにとって核心的なことであるに違いない。
 「古い壁の上のしみのなかで形をとるのが見えるものを生徒たちに自分の絵に写し取らせるレオナルドの教え」についてのブルトンの説明を引用するエルンスト(「視覚的無意識 ロザリンド・クラウス」谷川渥、小西信之訳)                          2kw gallery